母が2回自殺を図るまで重症化させた病院【逆恨み】

今までの母の行動を見ていれば精神的におかしいのは誰でも判るだろう。
ワシン坂病院の先生にも何回か訴えた。
「じゃあ連れてきなさい」
その小馬鹿にした先生の笑顔・・連れて来れるはずがないのを判ってて言ってるその笑顔が今でも焼き付いている。
私でもわかっているそんなことで強制入院なんかできないのを、しかしいくら過去に酷いことされても母は母なのだここまで重症化させた先生が憎いと逆恨みしている。
そんな母の性格が180度変わった話。 私の事を罵声と暴力で制してた幼少期、力関係が逆転すると暴言と他の大人に悪く告げ口し私を虐待し続けてきた。
トランス初めも中々厄介な人だった母だが数年前の交通事故が全ての始まりだった。

私はSRSを全て終わらせ年齢も重ねるごとに母のことを相手にしなくなった。
昔ならいちいち突っかかっていたけどいつ日か流すと言う事を学んでいた。
そんな時に母が交通事故に遭った。
首の骨を折る重症だった。幸い後遺症もなく体は元気だが寝たきりが続いたせいで鬱が発症。
鬱なんて気持ち次第と私の鬱にも理解を示さなかった母に私は救いの手を出さなかった。
父も鬱に理解がない人、完治しても寝てばかりいる母を当然まくしたてる。
私もそれが最悪な事と知っていたが見て見ぬふりが続く。

母はすがるものがなくお酒を大量に飲むようになる。
時に飲みすぎて「寒い・・」と苦しんでいても父は当たり前だと救急車を呼ぶくらいの心配はしなかった。
当たり前だ、私がここで嫌と言うくらい母のことを綴ってたような事父にもしてるのだから。とっくに愛想つかされてる、小学生の頃からなぜ両親が別れないのか疑問に思うくらい前から仮面夫婦だったのだ。
私も当然見て見ぬふり。
母は母なのだからと言ったが私も聖人君子じゃない自業自得という言葉が情を抑止していた。

ある日仕事から帰ってくると救急車に父が乗ってすれ違うのを見た。
その時はおばあちゃんだと駆けつけたが、おばあちゃんはピンピンしてた。
「お母さんがお風呂場で手首を切って自殺しようとした」とおばあちゃんがボヤく。
風呂場は血だらけ、湯船は真っ赤、24時間風呂の浄水機能は血で詰まりエラーになっていた。
私はくまなく掃除する。フィルターも風呂桶もタイルも。
『母の行く末がこれか・・』
この時は正直こう思った。出血の量と手首を切る事で死ぬことなどまずできないと思っていたので心配はしていなかった。

私の心は複雑だった。
ワシンの先生があの時対応してくれなかったと逆恨み。自業自得と放置した自信への罪悪感。過去に私が母にされてきた憎しみ。
3つが均等よく混ざり合う感情を私は流そうと表情には出さなかった。
入院してる時に私はなかなか行けずにいた。なので1回しかお見舞いに行かず、その時の母は車椅子で弱々しかった。
抗うつ薬を飲んでるのか母は昔思い描いていた理想の優しい雰囲気の会話も丸いお母さんだった。

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