藪医者とエセカウンセラー【2重通院とカウンセリング①】

ついに私は埼玉医大とセカンドとしてあべメンタルに通うことになるがこれは後に話すとする。
しかし私はもともと鬱フラッシュバックで通っていた。
それを埼玉で受けるのはいささかしんどい事。
私は並行してワシン坂病院にも通院を続けた。
今思えば信頼関係が壊れた時点で他を当たれば良かったのだ。

そんなこんなで私はカウンセリングを受けることになった。
カウンセラーは女性でアラフォーといったところか。
この人も私情挟んでくるカウンセラー失格なエセカウンセラーというところか。
全部打ち明けた、虐待、フラッシュバック、自殺未遂、性違和。
最初はいい感じだった。いや・・それがカウンセリングだと思っていたからだ。
のちに他のカウンセリングを2か所で受けて感じたがワシンで受けたカウンセリングと思われるのはただのお喋りだった。

ジェンダーも中盤セカンドオピニオンに入った頃には女性の格好をするようになった。
先生からホルモン療法の条件がそれだった。私はメンタルが弱いから私だけこういう形をとったのかもしれないが兎に角私はトランスを頑張った。
この話も後々話すとしよう。

女性の格好で自然に溶け込めたような感じだった。
色々努力もあったがこれも後に話す。

そんなかんなでワシンの病院にも女性の格好で行くようになった。
母親の暴言で情緒不安定になることも多々あった。

カウンセリングで相談に乗ると言ったらほとんど母親の事だった。
そんな中私の今後の考えを左右する態度をとった。
その時の私は自信を無くし、トランスに不安を抱えていた。
埼玉医大の先生は女子トイレを使って構わないと断言してくれていたので使っていた。
しかしこの時は自信を無くし、かといって今更多目的トイレなど使いたくなかった。
その話をカウンセラーに話したのだ。
カウンセラーは気にしないで使いなさいと自信をつけてくれた。

翌月だろうか次のカウンセリングの時いつもの様に病院に通った。
カウンセリングの前に私はトイレに立ち寄り個室に入ろうとした瞬間誰かが入ってきた。
私が確認した時には後ろ姿で出ていくのを見た。
その後ろ姿はあのカウンセラーだった。入って私を見てすぐに出て行ったように見えた。
私は不安にさえなまれ、カウンセリング時同じことを聞いてみた。
私は女子トイレ使っていいのかと。
その時あからさまに目が泳ぎ困惑しながら、
「・・でも、音とか聞かれたくないし」
あー・・私が気づいて無いと思ってるんだ。それにしてもそれは私情じゃないか?
先生すらあてにできないんだと思った。
それからトランスの相談はする事はなくなった。

相変わらず母親の暴言にこころ折れそれをカウンセラーに相談するという流れは続く中。
そのカウンセラーはまた私情を挟んだ。
一字一句覚えていないのだが、ここはもっと重症な患者がカウンセリングするとこなのに貴女はなぜそんな話をするの?的な感じで逆切れしてたのを覚えてる。
おそらくこれがここで最後のカウンセリングだと思う。

ここで学んだことは例え先生でも心を開いてはいけないという事だけだった。

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藪医者とエセカウンセラー【病棟】

私はついに親に自分の気持ちを知られることになる。
10年以上の話だ、その時はネット環境も乏しくGIDの認知度も低い、そして私の家にPCは無かった。
読み漁った本の知識で近所にあるのは埼玉医大しか判ってなかった。
しかしここは神奈川近いと言っても遠い・・
私は通っていたメンタルクリニックに話した。そこはいい先生で色々探してくれた。
先生の知り合いでメンタルクリニックで性の病気に詳しい人が居るとのことで紹介状を書いてもらい話を聞きいてもらいに向かった。
しかしそこの先生は専門外また紹介状もらい別の病院へ・・それをあと一回繰り返したどり着いたのがワシン坂病院だった。
ここはあえて実名で晒したいと思う、私をGIDじゃないと思い込み治療を進めトランスを遅らせ、間接的に母親を自殺未遂するまで重症化させたのだから許せないどころじゃない恨みを持っている。
そんな風が吹けば桶屋が儲かる的な話はだいぶ後の話になるだろう。

私はそこの閉鎖病棟に入院させられた。
つらいというものじゃない、勿論男子病棟お風呂も一緒に入れられ、出張してきた床屋には整えるだけでいいと言ったのに長い髪をばっさり切られたのだ。
その時はトランスもしていない時なので諦めががついたが、今それをされたら私の弱い心と屈辱で気がくるってるだろう。
大部屋に窮屈にベッドが詰められあたりを見渡せば正気を保って会話できる人のが少ないんじゃないかというくらい何とも言えない雰囲気に包まれていた。
おそらくここに突っ込まれて重症化した患者もいるんじゃないかというくらい環境が悪かった。
これも後々わかる話だが閉鎖病棟古いタイプの閉鎖病棟、ただ世間に迷惑が掛からないように閉じ込めてる感じに思える。

しかし私にも非がある、自傷行為がやめられなかったのだ。
凍死しようとする話の前に私は手首を切って自殺を図っている。
筋を2.3本切る深く切ったが動脈には届かず死ぬことはできなかった。
私はその時にリストカットによる発散方法を覚えて止められなくなっていた。
自分の体に思えない感覚が拍車をかけ躊躇という言葉が無く切っていた。

おとなしくして早く出ようと思い日々を過ごした。
しかし陰では缶ジュースのを飲んだとき缶を回収するのだがプルタブを取り隠し持ち、夜トイレに入り窓枠の鉄格子のネジを外しにかかった、苦戦しつつもネジが外れていくが他の患者が入ってきてあえなく中止。
少し妄想を抱えてそうな患者で助かった、私の行動をみて不思議な話をしてきた。
私は笑顔で相槌を打ち床に戻った。
これは本当に危なかった・・病院関係者かもう少し全うな患者で私の行為がばれてたら間違いなく保護室行き。
簡単に言うと独房だ。

今思えば逃げたところで連れ戻されるから逃げなくて正解だった。
私はそれから見つかるリスクよりおとなしくしていようと一般病棟に移されるまでおとなしくした。

一般病棟はだいぶ環境が良くなっていた。大部屋と言っても2人部屋、申請すれば外出もできた。
苦痛だったのはお風呂、ひとりひとり入る小さいお風呂なのだが入ってるところを横で立って看護師が見ていた。
しかも研修中とかで私と同い年くらいの女の子だった。最悪だった。

そんなこんなで退院もし通院として通うことになったのだ。

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