リストカットと罰

私は中学生の時リストカットを永遠と繰り返していた。
色々理由はあるだろう。
私も父親に色々言われた。
気を引きたいだけ、馬鹿のすることなど。
私のリストカットの理由は主にフラッシュバックだった。
忘れていた虐待の記憶を切っ掛けに芋ずるの様にトラウマがよみがえる日々だった。
外に向きそうな怒りを必死で自分に向けていた。
それに加え性別違和の不快感もぶつけていた。

きっかけは最初の自殺未遂が始まりだった。
それまでは物に当たったり怒鳴ったりしていたが、リストカットのが合理性がいい。
それに加え物に当たるならと父親のお墨付きだった。

名誉のために言っておくが両親は悪では無い。
ただ感情をすぐ言葉、母親に行ったっては暴力に移してしまうだけだったのだ。
当然子供の私はストレートに受け止め病んでいくという悪循環。3人とも幼かっただけなのだ。

私は腕を切った、刺した、掻き毟った。
今までされた大人への恨み、憎しみ。殺意。
合法的に人を傷つける唯一の方法だった。

現在私の腕は傷だらけ、SRSを済ませてからはピタッと止んだが。
傷の量を具体的に言うと、他人が見て「腕・・ぐちゃぐちゃ」と陰口をいうくらいだ。
傷に関しては気にしてないので半袖とか着てるけど、周りが引くのでモラル的に隠さないといけないかなと思ってきてる。
ただ傷を綺麗に消すことはしない、これは私の罰なのだから。

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大人たちの虐め

私は野原に窓ガラスの無い廃車で友達と遊んでいた。
持ち主が怒り狂ってこっちにきた。
父親はすでにボロボロのもの置いといて何切れてんだと言っていたが母親はお詫びとして、持ち主が監督をやっている少年野球に入れさせられる。
そう、私は母親にとってサンドバックやお詫びの道具としか思っていなかったのだろう。
辛かったよ辛かった。
女みたいと虐められ、グランドでボヤ騒ぎがあった時は皆の前で監督が私に「お前がやってたらただじゃすまないぞ」と公開処刑。

小学校では女みたいとイジられはしたがいじめっ子の立場だったのでいじめられる事は無かった、先生には目をつけられていただろう。何かあるとすぐ暴力にはしっていたからだ。
しかし釈明するならば私は暴力でしか解決方法を母親に教えてもらっていない。

中学になると母親とよくぶつかる様になるしかし力関係が私のが上になった今、罵声、暴力でしか解決方法を知らない私は物に当たったり投げつけたりするように、母はそれを家庭内暴力と思う様に。
この時には虐待のフラッシュバックに苦しみ母親を恨んでいたうえ性別違和で心は一杯一杯だった。
ある日いきなり家庭教師が来るように、勧誘に誘われ母親が雇ったのだ。
初日いきなり先生が肩に手を回し耳元で「俺は空手やってるんだ、何かしたらただじゃすまないぞ」
意味が分からず私は怯えた。
私は脅されながら家庭教師と勉強したが辛くて逃げだしても午前3時になっても居座るように。

そして私は自殺を決意する。
痛みはただの信号。そう言い聞かせ何回も同じ部分を切っていった。
白いのが2・3見えても動脈には届かなかった。死ねなかったのだ。

大事になり家庭教師と最後の話し合い。
先生は困惑しながら「すぐ暴力ふるう子供と言ってたのに話が違う」と
そう結局根源は母親だった。

そして暴力ではなくリストカットと言う解決方法を覚えた。

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