母が2回自殺を図るまで重症化させた病院【抗うつ薬のコントロール】

退院し戻ってきて母は週数間はまともだった。
抗うつ剤が効いて元に戻った感じだろうか・・・ヒステリーで父と物に当たる。
根本があの性格なのかと実感した時だった。

 

ある日いつも以上にヒステリーを上げる父を罵ってたため。
薬を全部捨てた。
『こう五月蝿いなら鬱のままで居てくれ』
母は急に不安になったのかアレがないと・・と依存にも近い症状で不安がり私を攻めた。
「お母さん欝なの薬がないとダメなの」と鬱理解してアピール。

鬱の理解が無い人間が鬱になり理解してしてが一番癇に障る。
私は母が鬱のが静かでいい、煩くするならまた薬を捨てると言った。
少ししてまた父を罵ってたので薬を捨てた。
『猿以下か・・学習しないな』
また不安状態になりながら私を責め立てる。
「他の物ならまだしもなんで薬?悪質でしょ?今度は絆の薬も捨てようか?」
騒ぐから捨てると言ってるのになぜそうなるのか・・
最近の使われる言葉で言うなら完全なアスペである。そして我が家の家訓、目には目を。
大人の考えじゃない。
私は捨てていいよ、いくらでも捨てな。ただまた騒いだら薬捨てるから。

またヒステリー起す・・
私は完全に頭にきて押し倒す。
「キーキー煩いんだよキ○ガイみたいに・・」

私に害が及ばなくなっても、ヒステリーは続く母。私はあの声を聞くと反射的に防御体制になり記憶を穿り返される。
母への憎しみが蘇るから嫌なのだ。

私は母に事細かに昔の気持ち、私がどういうトラウマになってるのか、こう騒ぐのはなぜダメか説教する。
過去にも何回も口で事細かに説明しても、母は勝気の時は発狂し言い返す。弱気の時は発狂しながら外に逃げる。
だから私も父もなにも言わなくなった。

私は何回も逃げる母を押し倒し話を事細かに話、説教した。
徐々に冷静になり話を聞いてくれた母、私が言いたいことを言って部屋に戻ってしばらくしたら母がやってきて
「うるさくしてごめんね」
それから少し憂鬱な感じだが普通のお母さんでいる。
しかし私がこの家を出て行ったら元に戻るんだろうなと思っている。
なぜなら根本的な事を理解してないからだ。
きっと母はこう解釈してると思う。

絆が怒るから騒がない。

正直父が心配である。

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母が2回自殺を図るまで重症化させた病院【逆恨み】

今までの母の行動を見ていれば精神的におかしいのは誰でも判るだろう。
ワシン坂病院の先生にも何回か訴えた。
「じゃあ連れてきなさい」
その小馬鹿にした先生の笑顔・・連れて来れるはずがないのを判ってて言ってるその笑顔が今でも焼き付いている。
私でもわかっているそんなことで強制入院なんかできないのを、しかしいくら過去に酷いことされても母は母なのだここまで重症化させた先生が憎いと逆恨みしている。
そんな母の性格が180度変わった話。 私の事を罵声と暴力で制してた幼少期、力関係が逆転すると暴言と他の大人に悪く告げ口し私を虐待し続けてきた。
トランス初めも中々厄介な人だった母だが数年前の交通事故が全ての始まりだった。

私はSRSを全て終わらせ年齢も重ねるごとに母のことを相手にしなくなった。
昔ならいちいち突っかかっていたけどいつ日か流すと言う事を学んでいた。
そんな時に母が交通事故に遭った。
首の骨を折る重症だった。幸い後遺症もなく体は元気だが寝たきりが続いたせいで鬱が発症。
鬱なんて気持ち次第と私の鬱にも理解を示さなかった母に私は救いの手を出さなかった。
父も鬱に理解がない人、完治しても寝てばかりいる母を当然まくしたてる。
私もそれが最悪な事と知っていたが見て見ぬふりが続く。

母はすがるものがなくお酒を大量に飲むようになる。
時に飲みすぎて「寒い・・」と苦しんでいても父は当たり前だと救急車を呼ぶくらいの心配はしなかった。
当たり前だ、私がここで嫌と言うくらい母のことを綴ってたような事父にもしてるのだから。とっくに愛想つかされてる、小学生の頃からなぜ両親が別れないのか疑問に思うくらい前から仮面夫婦だったのだ。
私も当然見て見ぬふり。
母は母なのだからと言ったが私も聖人君子じゃない自業自得という言葉が情を抑止していた。

ある日仕事から帰ってくると救急車に父が乗ってすれ違うのを見た。
その時はおばあちゃんだと駆けつけたが、おばあちゃんはピンピンしてた。
「お母さんがお風呂場で手首を切って自殺しようとした」とおばあちゃんがボヤく。
風呂場は血だらけ、湯船は真っ赤、24時間風呂の浄水機能は血で詰まりエラーになっていた。
私はくまなく掃除する。フィルターも風呂桶もタイルも。
『母の行く末がこれか・・』
この時は正直こう思った。出血の量と手首を切る事で死ぬことなどまずできないと思っていたので心配はしていなかった。

私の心は複雑だった。
ワシンの先生があの時対応してくれなかったと逆恨み。自業自得と放置した自信への罪悪感。過去に私が母にされてきた憎しみ。
3つが均等よく混ざり合う感情を私は流そうと表情には出さなかった。
入院してる時に私はなかなか行けずにいた。なので1回しかお見舞いに行かず、その時の母は車椅子で弱々しかった。
抗うつ薬を飲んでるのか母は昔思い描いていた理想の優しい雰囲気の会話も丸いお母さんだった。

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多忙

こんな弱小ブログで身バレすることは無いと思いますが・・
数多くのトラウマのせいで警戒心が高いのです。

なので○○で忙しかったと綴ってしまうと、無用な恐怖心が沸いてしまう。

現状・・

相変わらず同族嫌悪ひどく、対人恐怖に悩まされていますが、精神的にも安定しなんとなく過ごしております。

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△関係~MTF・ミーツ・MTF

私はこのFC2で一人のなんちゃってMTFに出会った。名前はジャンクとしよう。

私たちはやり取りを行ってるうちに付き合うことになったが直ぐにジャンクは浮気をしてきた。
浮気した理由が気持ち悪い。
「だって絆ちゃん別れ際に振り返ってくれなから嫌われたと思った」
今の私はその時点で縁を切るがその時は初めての恋愛、私もジャンクしか目に見えておらずだらだらと付き合っくことになった。 関係がかなりややこしい。
ジャンク(MTF?)には嫁と子供がいる私は嫁公認で付き合っていた。ジャンクの浮気相手ビッチ(MTF)にも奥さんと子供がいる関係。
ビッチの奥さんはその事を知らないという状態が何年か続いた。
ビッチはFC2ジェンダー全盛期のトップクラスのブロガーで私も憧れていたが敵対することになるとはこの時には思いもしなかった。

私はビッチを少しビビらせるメールを送ったら相当ビビったみたいで着信拒否された。
ジャンクは私が他のいい男性と仲良くすると引き戻し「やっぱ絆ちゃんがいい」とビッチと別れると言った。
しかし陰で付き合い続け、またビッチと浮気したのが発覚するというのを繰り返していた。
その時のビッチも私の事絶対許さないと怒っていたが棚上げもいいところ、ホル打って頭いかれてると真面目に思った。

時は過ぎビッチはSRSをしに海外へ。
その時にジャンクに冷たくしてしまったのだろう・・
ジャンクはビッチが冷たくするからビッチの奥さんに全てバラすと・・
ジャンクはビッチの奥さんに事細かに自分たちの関係を暴露した。
当然ビッチの奥さんは怒り狂ったおそらく子供にもバレただろう。ざまぁないとはこの事。浮気はいけないと学ばせてもらった。

私しかいないと言ってよりが戻ったがジャンクは1年しないうちに純女と浮気する。
今思うとジャンクはなんちゃってGIDだと思う。死んだら葬式行ってお焼香を遺影にぶっかけてあげるから早く死んでほしいものだ。

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リストカットと罰

私は中学生の時リストカットを永遠と繰り返していた。
色々理由はあるだろう。
私も父親に色々言われた。
気を引きたいだけ、馬鹿のすることなど。
私のリストカットの理由は主にフラッシュバックだった。
忘れていた虐待の記憶を切っ掛けに芋ずるの様にトラウマがよみがえる日々だった。
外に向きそうな怒りを必死で自分に向けていた。
それに加え性別違和の不快感もぶつけていた。

きっかけは最初の自殺未遂が始まりだった。
それまでは物に当たったり怒鳴ったりしていたが、リストカットのが合理性がいい。
それに加え物に当たるならと父親のお墨付きだった。

名誉のために言っておくが両親は悪では無い。
ただ感情をすぐ言葉、母親に行ったっては暴力に移してしまうだけだったのだ。
当然子供の私はストレートに受け止め病んでいくという悪循環。3人とも幼かっただけなのだ。

私は腕を切った、刺した、掻き毟った。
今までされた大人への恨み、憎しみ。殺意。
合法的に人を傷つける唯一の方法だった。

現在私の腕は傷だらけ、SRSを済ませてからはピタッと止んだが。
傷の量を具体的に言うと、他人が見て「腕・・ぐちゃぐちゃ」と陰口をいうくらいだ。
傷に関しては気にしてないので半袖とか着てるけど、周りが引くのでモラル的に隠さないといけないかなと思ってきてる。
ただ傷を綺麗に消すことはしない、これは私の罰なのだから。

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大人たちの虐め

私は野原に窓ガラスの無い廃車で友達と遊んでいた。
持ち主が怒り狂ってこっちにきた。
父親はすでにボロボロのもの置いといて何切れてんだと言っていたが母親はお詫びとして、持ち主が監督をやっている少年野球に入れさせられる。
そう、私は母親にとってサンドバックやお詫びの道具としか思っていなかったのだろう。
辛かったよ辛かった。
女みたいと虐められ、グランドでボヤ騒ぎがあった時は皆の前で監督が私に「お前がやってたらただじゃすまないぞ」と公開処刑。

小学校では女みたいとイジられはしたがいじめっ子の立場だったのでいじめられる事は無かった、先生には目をつけられていただろう。何かあるとすぐ暴力にはしっていたからだ。
しかし釈明するならば私は暴力でしか解決方法を母親に教えてもらっていない。

中学になると母親とよくぶつかる様になるしかし力関係が私のが上になった今、罵声、暴力でしか解決方法を知らない私は物に当たったり投げつけたりするように、母はそれを家庭内暴力と思う様に。
この時には虐待のフラッシュバックに苦しみ母親を恨んでいたうえ性別違和で心は一杯一杯だった。
ある日いきなり家庭教師が来るように、勧誘に誘われ母親が雇ったのだ。
初日いきなり先生が肩に手を回し耳元で「俺は空手やってるんだ、何かしたらただじゃすまないぞ」
意味が分からず私は怯えた。
私は脅されながら家庭教師と勉強したが辛くて逃げだしても午前3時になっても居座るように。

そして私は自殺を決意する。
痛みはただの信号。そう言い聞かせ何回も同じ部分を切っていった。
白いのが2・3見えても動脈には届かなかった。死ねなかったのだ。

大事になり家庭教師と最後の話し合い。
先生は困惑しながら「すぐ暴力ふるう子供と言ってたのに話が違う」と
そう結局根源は母親だった。

そして暴力ではなくリストカットと言う解決方法を覚えた。

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SRS後のトイレ事情

SRSしてからのトイレで一つ苦労してるところがある。
用を足すとき太ももを伝いとんでもない方向におしっこが飛んでいくことがあるのだ。
普通の女性にあるのかわからないが、たぶんぶった切っただけの尿道ならではだと思う。
後はおしっこが我慢できなくなってるところだ。

その二つが重なると悲惨な事になりかねない・・
和式だと我慢できず、慌てて足すと靴にかかる。止めようとしてもそう簡単に止まらない。
洋式だと太ももを伝い便座と便器の間がびしょびしょになったり。

余裕がある時は予備動作で問題なく足せるが、緊急時は今でもやらかしてしまうのが問題だ。

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Dカップが男湯に入った話

去勢は済ませ竿がある頃の話。
私は温泉が好きで温泉問題はつきものだった。
法的には男湯なのだがすでにフルタイムで女性として過ごしてた私には無理な話だった。
捕まったらその場で竿を切り落とす覚悟で私は女湯に入っていた。

そんなある日mtf数人で温泉に行こうかっと言う話になった。
srsを済ませた人はおらず勿論男湯・・
私は拒否ったけど複数の説得により、その一回だけ男湯に入ったことがある。
どちらにしても迷惑な話だ。

本当にあの時は目のやり場に困った。
そこらじゅう男性の裸・・泣きたい・・
大きいバスタオルで胸と股間を隠すが、Dカップは全部隠れてくれずmtf仲間は「お前はやばい」と笑っていた。
他の人は気まずそうに見て見ぬふりな感じ。
湯船につかり話してると、私を見て二度見水しぶきが起つほど大きく驚いた人もいたほどだった。
その間店員さんが異常な回数入ってきて見にくる始末。
「お前だけは女湯のが平和だったかもな」と友達は他人事・・

 

一番恥ずかしかったのは服を着る時だった、脱ぐときはパッと脱ぎタオルで隠せるがそうはいかない、バスタオルで拭くときは、拭かずにショーツを穿き体を拭いた。
胸がもろ見え・・ブラを付ける時間分胸を晒さなきゃいけなく恥ずかしい。
友達は終始笑いっぱなし、私もネタとしては良質だが最悪の一日だった。

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そして私は男性器と決別する。【SRS②】

私の意識は吐いている途中で復活した。
全体的にだるい、股間は鈍痛が襲う。 私は真っ先に股間を触る、痛み麻酔腫れがごちゃ混ぜの中でも竿がなくなってたのが分かった。
数時間ベッドで寝かせてくれた。
先生は背中にモルヒネの風船が刺さってるから全部しぼんだら帰っていいとの事。
入院設備が無いためホテルで安静にして1週間後また来るよう言われた。
しかし私は痛みに強いのか造膣をしていないからか、翌日から杖を頼りにカテーテルをスカートで隠し観光して回る日が続いた。
この間特にトラブルもなく1週間あっという間に経った。

その間傷口を鏡で見るが小陰唇がパンパンにはれ上がり、首枕みたいな形になっていた。
どこがどの部分になるのか判らない位あちらこちらがはれ上がり血がにじみ出る始末。
少々仕上がりが不安になるほど。

1週間後先生に診てもらう、思ったより腫れがひいてないとの事。
心当たりがありすぎて何も言えなかった。
そして一言「動いた?」
私は観光して回ったとごめんなさい。
次に抜糸をしてもらった。(不確)
縫い跡が残らないように早めに抜糸するそうで私はM字開脚
先生は挟みで一本一本抜いていく。
正直SRSより抜糸のが怖かった。弱音を吐いてるとSRS頑張ったんだからと励ましてくれる。

そしてカテーテルの抜き方と針無しの注射器をもらい地元に帰ってきた。
流石に歩くのがしんどくて父親に向かに来てくれるようにお願いした。
しばらくすると車が来て乗り込む、父の気まずそうな顔は一生忘れないだろう・・申し訳ない。
自宅で療養し、1週間くらいでカテーテルを抜くが張り付き痛みに耐えながら引き抜く。
そして用を足す、初めて女性と同じ感覚で用が足せた日だった。
私は嬉しくて嬉しくて自分を抱きしめ涙が流れていた。

SRSから一か月後仕事復帰をする。
そもそも本当にSRSをしたのか疑ってる感じなのかしばらくシフトがガタガタだった。
店長が大丈夫?と聞いてきたので笑顔で大丈夫ですと言ったら股間を見て疑ってる素振りをしていた。
大丈夫ではない痛くて普通に歩くのがやっとの状態で働いていた。

元カレの浮気相手は熊本で性別変更の手続きをしたらしいが事例がないと四苦八苦していたのを知っていた。
私も性別変更の手続きをしに裁判所へ、ある程度苦戦するかと覚悟はしていたが流石神奈川、別の場所に呼び出され個室に二人っきりになり。必要書類を提出しプリントに手続きをしすぐに終了した。
これはかなりの奇跡なのだが性別が変更された日付が誕生日と重なっていたのが嬉しかった。

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そして私は男性器と決別する。【SRS①】

私は22の時にホルモンを打ち始め。
23に去勢、24でSRSと急速に運命が動き出した。
あれからもう8年になるなんて思えない。
昨日の様に覚えている。

この時の私は竿の違和感が限界を超えていた。
陰毛を境に何か違う生物が寄生してるような気持ち悪さが昔より増していた。
ただ私はSRSを海外で受ける気は無かった。(飛行機が落ちる・・)
かといって埼玉医大などの低スパンでSRSしてる場所でも受ける気も無く探し回った。
目標はSRSをかなりの数こなしてる医者。そして私はあるところを見つけた。

そこへ診察を受けると、女性器の整形の写真の比較を見せてくれた。
そしてやっぱり穴は少し後ろに開けないといけないとの事、私は見た目重視で造膣は希望しなかった。
予約の話になると私はなるべく早い日にと希望したら3週間後に予約が取れる。
私はためらいも無く最短の手術日を希望した。

女性と嘘をつき働いてた職場は大混乱。
履歴書に嘘を書くなよ。そういうのは1か月前に行ってくれ。許されると思っているのか?シフトはいつも通り入れとくぞ。
まぁ仕方ない私の身勝手でしかなかったから、それでも一生懸命説得する。
店長はなぜ休むか皆に説明する事を条件に一か月休ませてくれた。
(でも、私が心許してカムした人が言いふらしてたから問題なかった。)

当日私は剃毛をする、確かに竿は自分にくっ付いてるのを実感させられた。
ホテルを出てクリニックに向かい、SRSを受けに待合室にいた。
本とかでSRSの日が近づくにつれ鬱ぽくなったり怖気づいたりしてる人もいると読んでいたが私は不思議な感覚に陥っていた。
確かに予約を入れる前はSRSをしたら後悔するんじゃないか・・とか考えることもあったがいつも私はこう言い聞かせていた。
『取らないで後悔するくらいなら取って後悔しよう』
今思うと後ろ向きな私らしい文句だ。
不思議な感覚とは瞑想の状態だった。座禅を組み無になってる感覚・・

私には変な憧れがあった、よくドキュメントでSRSする人がベッドで運ばれていく中、看護師の手を繋ぎ手術室に行く感じをイメージしていた。
「絆さーんこちらにお入りください」
私はSRSと言うより理想と現実の違いに戸惑った。
はたから見ればSRSに不安を感じてると誤解されてただろう、看護師さんは怪訝そうな顔した。
徒歩かい!と心の中で突っ込みながら手術室に向かう。
下半身裸で上半身だけ手術着にきがえる。(不確)
手術台に横たわりマスクから出てくるガスを思いっきり吸う様に言われた。
恐怖は最後まで無かった。
ガスを恐る恐る吸うと、もっとたくさん吸う様に促がされ もうどうにでもなれと言わんばかりに吸うと意識は一気に失いマスクから手が外れる、その後誰かがマスクを押さえつけてたのが最後の記憶だった。

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